東京高等裁判所 昭和27年(く)83号 判決
次に、進んで小泉初男、水上潤滋、高井義季の抗告申立理由につき検討するのに、論旨は、まず、河内裁判官が抗告申立人らの武装警官隊退去の要求を拒否し、これに対して不当だと発言した傍聴人に退廷を命じ、さらにこれに対し抗議したのに対し「それその通り騒ぐではないか」と言つたのを不当だと主張するもののごとくである。しかし、近来法廷もしくは裁判所構内において暴行その他による混乱が相次いだ事例にかんがみ、裁判所側において秩序保持上必要と認めた場合に警察官又は警察吏員の派遣を求めて警備に当らせるのは当然の措置であつて、同裁判官が被告人側からの退去の要求を容れなかつたのは正当であるし、いわんや法廷において発言をなすべきでない傍聴人が発言したのに対し必要と認めて退廷を命じたのはむしろ当然のことだといわなくてはならない。またかりに河内裁判官が所論のような発言をしたとしても、そのことと不公平な裁判をする虞とは全然無関係なことである。所論は明らかに理由がない。
次に、論旨は河内裁判官が共産党及び共産党員に対し偏見を有しており、かつこの偏見をもつて公判を行つていると主張し、ことに同裁判官を裁判長とする合議体がいわゆる政令第三二五号違反事件につき有罪の判決を言い渡したこと及びそれに関する談話を新聞紙上に発表したことをもつて同裁判官は本件につき不公平な裁判をする虞があるというのである。しかしながら、右政令第三二五号違反事件は本件と別段内容的な関連はないのであつて、よしそれが共産党員を被告人とするものであり、これを有罪としたからといつて、同裁判官が共産党員を被告人とするすべての事件につき不公平な裁判をする虞があることの証左などになりえないことは多言を要しないところである。論旨は恐らく右の三二五号違反事件について当今判決例が区々になつている法律上の問題に関し前記合議体が有罪説をとつたことを目して右のように非難するものと思われるが、これは純法律論に属することがらで、両説ともそれぞれ相当の理由を有することなのであるから、その一方の見解をとつたことを理由として前記のように主張するがごときは、一種のいいがかり以外の何ものでもないといわなければならない。また、新聞紙に掲載された判決の理由もしくは裁判官の談話などは、必ずしも正確にその趣旨を伝えるものとは限らないのであるから、単にこれらの記事のみに依拠して同裁判官の本件に対する態度を憶測すること自体誤であるのみならず、本抗告事件記録に添附された新聞紙の記事を見ても、到底所論のようには解せられないのであつて、この点の主張もまた採用するに値しない。次に、論旨は、同裁判官がその他の機会においても共産党員に対し偏見を有するごとき発言をしたように主張しているところ、はたしてそのような言動があつたかどうかは、抗告申立人が主張するだけで、一件記録上明瞭ではないが、その事実の有無はしばらく別として、かりに所論のように同裁判官が共産党ないしは共産党員に対し必ずしも好感を有していない旨を表明した事実があつたと仮定しても、そのことから直ちに同裁判官に不公平な裁判をする虞があるといえないこともまた明瞭であるといわなければならない。けだし、この場合、問題は、そのようなことを表明したかどうかではなく、むしろそのような見解を有していることそのことにあるわけであるが、裁判官が個人としてある政党もしくは政党員一般に対しいかなる見解をもつかということとその政党員を被告人とする刑事事件につきいかなる裁判をするかということとは明らかに別個のことがらであつて、現在のわが国の裁判官が一般にこの両者を紛淆し、その裁判が前者によつて、不当に影響されるなどとは到底考えることができないからである。いいかえるならば、そのほかに裁判の公平を疑うべき特段の事由があるというならば別であるが、右に述べたような事情だけで裁判官の裁判についての公平性を疑うというがごときは、裁判の現状に対する無知と無理解を表白するものといわんよりは、むしろことさらに裁判官を誣いるものといわれても仕方がないのである。そして、本件においては、抗告論旨のいうところをそのまま受け取つても、同裁判官にそのほか裁判の公正を疑わしむべきなんらの事情も発見されないのであるから、この主張もまたそれ自体理由がないといわざるをえない。その他論旨は同裁判官が証人に対し予断をもつて誘導的尋問をしたというようなことも主張しているが、前記一件記録中それらしい部分を精読してみても、それは、証人の供述中にその表現が前後の関連からみて真意を伝えていないと判断されるものがあつた場合に、これを確めてその言わんとするところを明瞭ならしめただけのことであつて、論旨のいうようにことさら被告人に不利な証言を得ようとしてなされたものでないことは誰の目にも明らかである。なお論旨は、その末段において、同裁判官が本件忌避の申立を合議を経ずに却下したというような非難もしているけれども、当該公判調書によれば当然合議の上却下決定を言い渡したことが認められるからこれらの主張もまた理由のないこと明白である。